真似から始めていい。でも超えるには、自分の解釈しかない。
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憧れの絵師を見つけた時、わたしは徹底的に研究して真似しました。
それは正しかったです。画力は上がりました。
でも、ある時気づきました。
このままじゃ、その人の劣化版にしかなれない、って。
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画力で越えられないなら、真似してもコピーにすらなれないです。 劣化版です。
劣化版にファンはつきません。 劣化版を見るなら、本物を見ればいい。
じゃあどうするか。
自分にしか描けないものを描くしかない、と気づきました。
上手い人の絵を見ることの弊害があります。
圧倒されると、それが正解だと思い込んでしまうんです。
でも、それはその人の正解を見ているだけです。
もちろんそれはそれで美味しくいただく。 でも、思考停止しちゃダメです。
よくよく考えてみたら、その人の解釈する推しと、自分の好きな推しは、完全一致じゃなかった。
似ている部分はあるけど、考えを深めれば深めるほど、違いがわかってきました。
たとえば、鬼滅の刃の禰豆子。
「守られヒロイン」として可愛く描く人もいれば、実は最強クラスの鬼だという魅力にハマって、強く美しく描く人もいます。
どちらが正解じゃないです。どちらもその人の解釈です。
いい絵を描く人ほど、軸があってブレません。 「こういう絵はたくさん描く、でもこういう絵は絶対描かない」がはっきりしています。
わたしはその「描かない」やつが見たかった。
その絵師が描かないけど、自分はこういうのが好きなんだ。 そこに気づいた時、自分の解釈が見つかりました。
正解っぽいものがあるからこそ、そのスキマに、自分しか見つけていない推しの魅力があります。 「そういえばこの人の絵で、こういうのってあったっけ…?」って気づける。
これは、自分の正解に近いと思われる絵師の絵を徹底的に学んだからこそ見つけられたものでもあります。
その「描かない」ところを突き詰めて描いたら、成功しました。
画力では越えられなかったです。今でも越えられていません。
でも、自分の解釈を突き詰めることで、その道では余裕で越えられていると実感しています。
憧れていたその絵師から一目置かれるようになって、ファンもつきました。わたしの絵の方が好みだとも言ってもらえるようになりました。
画力は越えられなくても、解釈では越えられます。
研究して真似することは、絶対にやるべきです。
でも、それだけじゃ劣化版止まりです。
その人を知り尽くした上で、「自分ならどう捉えるか」を考えてください。
あなたの推しへの見方は、あなただけのものです。
その人が描かないけど、あなたが好きなもの。 その人が気づいていない、あなただけが見つけた魅力。
それを描いた時、はじめて自分にしか描けない絵になります。
→絵の上手い人に嫉妬してつらい人は、上手くなるチャンスだ!【克服できた話】
