「一生懸命描いているのに、どこか無機質な気がする…」
「愛が足りないと言われて凹んでいる」

愛のある絵が描きたい。

そんな悩みを持つあなたへ。実は、愛の正体は「技術」ではなく「めんどくさい」との向き合い方にあります。

結論から言いますと

「めんどくさいから描きたくない」と思った絵は描かない。

そして「めんどくさいけど描きたい」と思った絵描くことです。

この記事を書くわたしは独学で底辺からpixivフォロワー5万人になった絵描きです。

【「愛のある絵」を描く前に】絵を描くのはめんどくさい

絵を描くのって、めんどくさいですよね。

自己満足の落書きなら楽しいだけでめんどくさくない。
でも、ちゃんと資料を確認したり、線の一本一本を意識して描いたり、細部まできれいに色を塗ったり、人に見せられるモノにするのは結構めんどくさいものです。

わたしもめちゃくちゃめんどくさがり屋なので、「○○描こうかな」って思っては、正直「めんどくさいな」ってなります。

絵なんて、基本めんどくさいものなんです。いろんなこと考えて、いろんな練習をして、何時間もあらゆる手を使ってやっと1枚完成して、一瞬しか見てもらえなかったりする。そんなもんなので、そりゃめんどくさいですよ。

「絵描くのがめんどうだなんて、向いてないんじゃないの?それでも絵描きなの?そんなんじゃ愛のある絵なんて描けるわけないでしょ」なんて綺麗ごと言わないので安心してください。

愛のある絵を描くコツは「描きたくない絵」を禁止すること

「めんどくさいから描きたくない」と思う絵は、描かない。

愛のある絵にはならないからです。

時間と労力をかけたところで、自分も気持ちが入っていないのでいい絵が完成しない。「とりあえず投稿してみるか~」となったところで評価もされず、描きたくない気持ちを増幅させるだけです。

他にも理由はあり、こちらの描きたくない絵は描かなくていい理由【努力不要】の記事で詳しく書いています。

とにかく、描きたくないのに描いたって誰も得しないのです。自分も、絵を見る人も。

描きたくない絵は、描いてはダメ、といっそ禁止するくらいでちょうどいいです。

そして、ここから先が重要です。

「めんどくさいけど描きたい」に従うだけでいい

めんどくさい。

でも、描きたい。この今ある頭の中のイメージを完成させた絵をどうしても見たい。

つまり「めんどくさい」という気持ちより「描きたい」という気持ちが勝った場合、その絵は描くべき絵です。

それが愛の正体。

「めんどくさい」が大きいほど、「描きたい」という気持ちは負けます。その場合は素直にその絵を描くのはやめ、今「描きたい」と思えるレベルのめんどくさい絵を考えるべきです。

「描きたい」と思える絵がない場合の対処法は他の記事に書いています:

絵を描く気力がない人は〇〇が足りない!【誰でもできること】

描きたい絵が思いつかない人は、ある「クセ」をつけるだけで化ける

絵が「描きたいのに描けない」はこう考えるだけで楽になる

「愛のある絵」の正体は、特大の「めんどくさい」を超えた先にある

「愛を感じる」

「愛がなければ描けない」

そんなふうに言われる絵を見て、自分もそんなふうに言われる絵を描いてみたいと思ったことはないですか?

わたしはめちゃくちゃあります。でも今は、自分が言われる側になれました。

では、「愛がある絵」ってなんなのでしょう?

愛があるとかないとかは主観的でふんわりした概念なので、誰がどの状況で見ても「絶対的に」愛がある絵というのはないです。

でも、「愛がある絵」に感じさせやすくする方法はあります。それが先ほどの「めんどくさいけど描きたい」という描きたい欲求に従うということです。

基本、「めんどくさい」に「描きたい」が勝つ時しか描かない、それを徹底する。

ところが描く絵や自分の状態によっては、「めんどくさい」が大きいわりに「描きたい」が勝る絵が浮かぶ時があります。

それはイメージした絵や描く対象への気持ちが強いからです。その絵をきちんと完成させたら、見た人は愛を感じます。

例えば。

このキャラのこんな顔見たい・・・と思いちょっと難しい表情にチャレンジ。それに近い資料を見ながら、イメージに寄せていかなければいけない。とてもめんどくさい。

いつも同じキャラを描いているから、また違った角度からこのキャラの魅力を魅せたい。描き慣れない構図、とてもめんどくさい。

このキャラのよさを出すために、シチュがわかるように背景を描きたい。とてもめんどくさい。

キャラの集合絵が描きたい。すごい数になるけど、一人一人、そのキャラらしい行動をさせたい。とてもめんどくさい。

・・・でも、描きたい。

そう思えた絵は、愛のある絵になります。

表情がこまやかに描かれ、背景からもその場の空気感が伝わってくる。

あれ、このキャラってこんなに魅力的だったっけ・・・。ああ、この絵師、いつもこのキャラを描いているんだ。

ものすごいキャラ数の集合絵。なのにハイクオリティ。

なんでこんな絵が描けるの?

なんでこんなめんどくさい絵が描けるの??人間なの?

なんでこのキャラばかり描き続けられるの?なんでこのキャラのポテンシャルをここまで引き出せるの??

わけわかんない。

はい、絵を見た人にこの「わけわかんない」って思わす力、それが「巨大なめんどくさい」を制した絵にはあります。「巨大なめんどくさい」を制した絵ほど、よりわけわかんない度が増します。

人はわけわかんないものをそのままにするのが気持ち悪いので、名前をつけます。

それが「愛」とか呼ばれるものです。

「巨大なめんどくさい」とは、作業量だけではありません。
「この1本の線の角度、これじゃない……」と何度も描き直すような『目に見えないこだわり』も、立派なめんどくさいの正体です。
その試行錯誤の積み重ねが、見た人に「わけわかんない熱量(愛)」として伝わります。

愛がなければ描けない。

普通ならめんどくさくて描けないものを、普通に描いてしまった。それが愛です。

例えば、親が一人の子供を育てるのはとてもめんどくさくて大変なものです。なのに時間も労力も惜しまず育ててしまうのは愛しかないからですよね。

それと同じです。めんどうなものなのに、自分の欲求に素直に生きているのに、やってしまっている。それが愛です。

なので「めんどくさい」という気持ちに「描きたい」が勝つ時に描く、それを徹底し続ければいつしか大きな「めんどくさい」を越えており、勝手に「愛のある絵」が描けてしまうのです。

「愛の力学」シミュレーション

感覚を言葉にするのは難しいのですが、長年描く中で見えてきた答えを『愛の力学』として整理してみました。

とみとむ流「愛の力学」の公式

【 愛=描きたい欲求ー(描きたい欲求/めんどくささ) 】

※「めんどくささ」とは、作業の難易度やこだわりの強さのこと。

 

ただし欲求<めんどくささの場合は欲求が死ぬので成り立たない

① 「100の愛」を目指すなら、100の苦労が必要

  • 欲求:100(描きたい!!)
  • めんどくささ:100(100時間かかる大作、または超絶難しい構図)
  • 計算: 100 – (100 / 100) = 100 – 1 = 99

結論: 欲求に見合う「めんどくさい山」を登りきると、ほぼ欲求通りの最大値に近い愛が手に入ります。これが「愛がなければ描けない絵」の正体です。

② 「楽をしよう」とすると、愛がガクンと落ちる

  • 欲求:80(描きたい!)
  • めんどくささ:2(あまりこだわりなし)
  • 計算: 80 – (80 / 2) = 80 – 40 = 40

結論: 理想(欲求)は高いのに、作業を「簡単(めんどくささ低)」に済ませようとすると、愛のスコアは半分に激減します。これが「手抜きに見える理由」ですね。

③ 「ちょうどいい落書き」はそれなり

  • 欲求:50(描きたい!)
  • めんどくささ:10(それなりに手間はかかるけど、自分にはちょうどいい難易度)
  • 計算: 50 – (50 / 10) = 50 – 5 = 45

結論: 自分の実力や気力に見合った「めんどくささ」を選んでいるため、それなり。描きたい欲求が少ない分は少ない。

④ 【恐怖】欲求以上の「簡単さ」を求めると愛は崩壊する

  • 欲求:10(描きたい)
  • めんどくささ:1(特にこだわりなし)
  • 計算: 10 – (10 / 1) = 0

結論: 愛が消えました。脳を介さない作業、心がないコピペ的な作業には、愛が宿る余地がないことを示しています。


⑤ 基本これくらいでいい

  • 欲求:100(描きたい!!)
  • めんどくささ:50(それなりに手間はかかるけど、自分にはちょうどいい難易度)
  • 計算: 100 – (100 / 50) = 100 – 2 = 98

  • 欲求:100(描きたい!!)
  • めんどくささ:10(それなりに手間はかかるけど、自分にはちょうどいい難易度)
  • 計算: 100 – (100 / 10) = 100 – 10 = 90

  • 欲求:80(描きたい!)
  • めんどくささ:10(それなりに手間はかかるけど、自分にはちょうどいい難易度)
  • 計算: 80 – (80 / 10) = 80 – 8 = 72

結論:これくらいが、めんどくさすぎず、でも愛を感じる。

この数式が教えてくれる「改善のヒント」

1. 「愛の飽和点」を知る

愛はある程度の「めんどくささ(こだわり)」を越えると、数値が安定(飽和)し始めます。 つまり、死ぬほど無理をして自分を追い詰めなくても、描きたい気持ちがあれば十分な愛は伝わるということです。

2. 「めんどくささ50」は、実は「一番おいしい」領域

上の①と⑤を比べてみてください。欲求の半分くらいの負荷で描いている時は、精神的にも余裕があり、筆が乗りやすい状態です。 「1」の愛の差のために力尽きて筆を折るくらいなら、「98の愛」を安定して何枚も量産する方が、絵描きとしての人生は豊かになります。

3. 「100」に挑むのは、ここぞという時だけでいい

もし「めんどくささ100」に挑むなら、それは「この1しか変わらない差」にこそ自分の魂が宿ると信じられる、特別な1枚の時だけでいい。普段は「50」くらいで楽しく、でも深くこだわるのが正解です。

「めんどくさすぎる」は選ばなくていい。

面白いことに、数式で見ると「めちゃくちゃ頑張った絵」と「そこそこ頑張った絵」の愛の差は、実はほんのわずかだったりします。

愛を最大化しようとして、自分を壊すほどの「めんどくさい」に挑む必要はありません。

「ほどよいめんどくささ」を楽しみながら、高い熱量で描き続けること。

これが、愛のある絵を描き続け、かつフォロワーを増やし続けるための「持続可能な愛の形」なんです。

「自分にとっての『ほどよいめんどくささ』がどのレベルか分からない」 「少ない労力で、もっと大きな愛を表現できる技術が欲しい」

そう思う方は、こちらの効率的な上達法をチェックしてみてください。

ちなみに、「愛100」を目指すには「めんどくささ∞(無限大)」にすることで限りなく100に近づきます。作品のキャラ全てで埋め尽くす集合絵とか、あの類のですね。絵師たるもの、一度はチャレンジしてみるのもよいでしょう。

画力がなくても「愛のある絵」は描けるのか?

そんなこと言ったって、自分みたいに絵が下手だと「愛がある絵」を描くのは無理でしょ・・・と思った方もいると思います。

「愛のある絵」はプロみたいに絵が上手い人にしか描けないのでしょうか?

それは違います。

「そんなに絵が上手くないのに、この人の絵なんでこんなに魅力的なんだろう?」

そんなふうに思わせてくれる絵を見たこと、ありますよね?それが証拠です。

絵が下手なほど、上手に描くのは大変です。試行錯誤がめんどくさいです。

でも描くキャラをよく観察し、そのキャラならではの魅力を絵で語ることはできます。それを自分の持っている力で最大限に描こうとする、それは大きな「めんどくさい」を「描きたい」が越えているからに他なりません。

やはり愛がなければ描けないのです。

こういう状態の人が画力をつけると、一気に化けます。

逆に、絵が上手い人でも手抜きしたらバレてあまり魅力を感じない絵になります。「いや、もっとアナタ上手く描けるでしょ。正直あんまりこのキャラ好きじゃないんでしょ」って思う絵を見かけたことないでしょうか。(わたしはあります)本当に描きたいものだけ描いていれば、その悲劇は避けられます。

まとめ:自分の「描きたい」という欲求に正直になろう

まとめ:めんどくさいから描きたくない絵は描くな。めんどくさいけど描きたい絵は描け。

結局、誰かがあなたの絵に「愛」を感じるのは、あなたが巨大な「めんどくさい」を、それ以上の「描きたい」という熱量でねじ伏せた瞬間を目撃するからです。

「めんどくさいから描かない」は、あなたの感性を守るための大切な防衛策です。 「めんどくさいけど描きたい」は、あなたの絵を特別なものにする魔法です。

このサイクルを繰り返すことで、あなたの絵は自然と「愛のある絵」へと進化していきます。

愛を100にするために、自分を壊すまで追い込む必要はありません。
50の力で98の愛を届ける。その『ほどよいこだわり』を継続することこそが、たくさんの人に愛される秘訣ですよ。

「めんどくさい」は敵ではありません。あなたの「愛」を測定するためのバロメーターです。

もし今、あなたが「描きたいのに、めんどくささに負けてしまう」と苦しんでいるなら、それは単純に『めんどくさいを突破するための武器(技術)』が足りないだけかもしれません。

わたしが4万人のフォロワーを得るまでに磨き上げた、「愛を形にするための最短ルート」をこちらにまとめました。

どちらを選んでも、あなたが「描きたい」という欲求に従う限り、わたしは全力で応援します。